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古典落語のはなし2

黄金餅

 

「黄金餅」は生の高座で二度ほど聴いている(らしい)。しかし、物語のあさましさ、陰惨さだけが残っていて、だれのどういう高座だったか、というのがさっぱり記憶にない。つまりはこの噺、どうも私とは相性がよくない、らしい。

貧乏長屋に住む乞食坊主西念が病にかかる。あんころ餅の中に、貯めていた小金を包み込み、それを全部飲み込んで死んでしまう。その様子をのぞき見していた隣の金兵衛が、腹の中の金を手に入れようと一計を案じて‥‥という筋立て。ちょっと身をひいてしまう展開だ。

とはいえ、江戸末期の貧乏長屋の生活、葬礼の様子がよく描かれていて、資料的価値を持っている落語であることも事実。

というわけで気を取り直して、手持ちの録音、録画テープを探してみる。でてきたのは、五代目志ん生の録音テープ6本と三代目志ん朝の録画テープ1本のみ。志ん朝のは、TBS落語特選会(1999614日)の録画で、これがあるのはすっかり忘れていて、びっくりしたのと同時にちょっと得した気分になってしまった。さっそく聴き直してみた。

志ん生の話しっぷりはそれぞれの時期で多少の違いがあるが、いずれの高座も、筋の醜悪さを笑いの世界に昇華させてしまっていることに驚いてしまった。おやおや、前に聴いたときの記憶は何なんだろう‥。これだったら「黄金餅」もおもしろいではないか、などと自分の記憶のいい加減さにあきれてしまった。、

そして志ん朝のビデオテープ。録画したときに観ているはずなのに、まったく記憶がない。聴いてみると、うーん、まさに志ん朝落語だ。志ん生が、この噺の陰惨さをそぐためにあっけらかんとぞろっぺいに演じていたのに比べて、実にたんたんとていねいに物語を進めていく。それでいて、西念の葬列の道行きの場面、町づくしの言い立てなど、志ん生の演出をたくみに取り入れて笑いをとっていく。おどろいたことに醜悪さも陰惨さもほとんど感じない。

今思ってみれば、志ん朝の「黄金餅」を忘れていたというのは、内容とある意味でそぐわないこの端正さ、だったのかもしれない。

 

前置きが長くなってしまった。「黄金餅」の世界にはいってみよう。

下谷山崎町の貧乏長屋に住む、西念という乞食坊主。大変なしわい屋でけちに徹して暮らしていたが、風邪がもとで寝込んでしまう。隣に住んでいる金山寺味噌売りの金兵衛が様子を見にいくと、西念は、医者にかからず(薬料を払いたくない)、水ばかり飲んでいる(病がくだるかもしれない)という。なにか食いたいものはないかと聞くと、あんころ餅、という。自分の金だと買わないというので、仕方なく見舞いがわりに金兵衛が買ってきてやる。

 そのあげく、他人がいるとのどを通らないといわれ追い出されてしまう。癇にさわった金兵衛は、壁の穴から西念の様子をのぞき見る。すると西念は、胴巻きから小粒(二分金、一分銀など)をざっくり取り出し、1箇ずつあんころ餅のなかに包み込んでいくではないか。そしてやおらその餅を飲み込みはじめる。全部飲み終わったと思ったら、のどにつまらせてひっくり返った。金兵衛、いそいでかけつけるが、西念はあえなく昇天してしまう。死んでも自分の貯めた金は他人に渡したくない、と、あっぱれなケチ根性と言うべきか。        

なんとか腹の中の大金を手に入れたいと思った金兵衛は一計を案じる。大家のところへ行き、西念の死んだことを伝え(もちろん金の一件は話さず)いまわの際に「自分は身寄りもないから金兵衛さんの菩提寺に弔ってほしい」と頼まれた、と言う。ふだんから面倒見のいい金兵衛の言うことだからあっさり信じられ、さっそく長屋の連中に招集がかかり、葬式の段取りになる。大家の差配でみな線香をあげて、いよいよ長屋総出の葬列だ。もう夜なので、それぞれが提灯を持ってくる。なかには弓張提灯、盆提灯を持ってくる者まで。早桶がわりの菜漬けの樽を、今月と来月の月番が担ぐ。

「金さん、菩提寺はどこだい」「ええ、麻布絶口釜無村の木蓮寺」「それは遠いな。明日の朝にしよう」

と言う大家をうまく説得して、今夜中に行くことにする。長屋の連中の葬列がはじまった。なんと「わっしょい、わっしょい」なんて掛け声も‥‥。

ここがこの噺の聴きどころ。下谷から麻布までの道順の町の言い立てが延々とつづく。「下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下へ出て、三枚橋から上野広小路へ出まして、御成街道から五軒町へ出まして、そのころ堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっすぐに、筋違御門から大通りへ出まして、神田の須田町へ出まして、新石町から鍛治町へ出まして、今川橋から本白銀町へ出まして、石町から室町へ出まして、日本橋を渡りまして、通四丁目から中橋へ出まして、南伝馬町から京橋を渡ってまっすぐに、新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出まして、新し橋の通りをまっすぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けまして、神谷町から飯倉六丁目へ出まして、坂をあがって飯倉片町、そのころおかめ団子という団子屋の前をまっすぐに、麻布の永坂をおりまして、十番へ出まして、大黒坂をあがって一本松から釜無村の木蓮寺に来たときには‥‥ずいぶんみんなくたびれた」(志ん生 1956.3.28 NHK)

これをほぼ一息で言う。志ん生はこのあとちょっと間をおいて「あたしもずいぶんくたびれた」とやって、笑いを取っている。ただの町名の羅列にすぎないのだが、志ん生志ん朝ともに、この言い立てがとても楽しい。

ここまでくると、すっかり志ん生の術中にはまって、この陰惨な噺がなんとなくおもしろいものに思えてくる。陰惨な印象をやわらげる効果絶大な演出だ。          

釜無村も木蓮寺も架空のものだが、モデルとなった場所、寺は特定できるとのことだ。ちなみに、イラストレーターのつだかつみさんがこの言い立て通りに歩いてみた記録が、著書の「落語と江戸風俗」(求龍堂)に載っている。全行程、約11km、所用時間が3時間とのこと。それじゃあさすがに「くたびれた」。

木蓮寺にはとんでもない生臭和尚がいて、かなり酔っぱらっている。なんとか安くお経をあげてもらうことになったが、このお経(経とはいえないしろものだが)がまたすごい。これも志ん生の聴かせどころで、笑ってしまう。

ともかくもかたちばかりの弔いを済ませ、金兵衛は長屋の連中を体よく帰してしまう。寺の台所で鯵切包丁を失敬し、焼場の切手をさんざん値切って手に入れ、ひとりで樽を背負って桐ヶ谷の焼場までいく。

もう夜中。むりやりねじこんで明け方までに焼いてもらうことにした。「この仏さま、遺言があるんだ。焼くんなら、腹ンとこだけは生焼けにしといてくれって、いいかい?」いやはやなんともすごい台詞です。新橋の夜あかしの店で一杯やって、明け方焼場にもどる金兵衛。焼場の雇い人を追い払って、鯵切包丁で死骸をさいて首尾よく金をとりだした。懐に金をねじこんで「‥あばよ」「おいおい、骨がのこってるよ」「そんなもの犬にやっちゃえ!」

この金を元手に目黒に餅屋を開業した金兵衛、その名も「黄金餅」を売り出して大繁盛したという、江戸名物黄金餅の由来の一席‥‥めでたしめでたし。

 

この結末、うーんとうなるしかない。志ん生志ん朝で聴いているとそうでもないが、こうして筋だけを追っていくと、やはり後味の悪さが残る。

こんな話なので、演じられる機会も少ないだろう、と思っていたが、昨年の寄席での口演数の記録を見ておどろいた。「愛宕山」「長屋の花見」「まんじゅうこわい」などの定番に伍して多く語られているのだ。おそらくは、筋がはっきりしていて、めりはりもある、そして人物描写にもそれほど神経を使う必要がない、ということからだろうと察する。でもだからこそ噺家の技量が如実に問われる演目だと思うのだが‥。冒頭に書いた、記憶が消えてしまった生の高座、それはおそらく、この話が剥きだしに演じられていたのではないか、と、ここまで書いてきて思い至った。

どうも「黄金餅」は、演者を選ぶらしい。志ん朝志ん生は「黄金餅」に選ばれた数少ない落語家なのだ。テープを何度も聴き返して、ふたりの生の高座での「黄金餅」を聴いておきたかった、と今つくづく思う。

 

 

 

NHK落語名人選 古今亭志ん生 「黄金餅・火焔太鼓」 ポリドール CD

花形落語特選 古今亭志ん生「茶金・黄金餅」 テイチク CD テープ

古今亭志ん生名演集「黄金餅・おかめ団子・駒長」ポニーキャニオン CD

落語名人会 古今亭志ん朝13 「黄金餅・大工調べ」ソニーレコーズ CD

立川談志「ひとり会第二期」 「黄金餅・堪忍袋」竹書房 VIDEO

立川談志ひとり会?第三期?25 「がまの油・黄金餅」コロンビア CD

 

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